2. DJをすることについて考えた

だらだらブログ2夜目

DJをすることについて考えた

DJというものはなんなんだ。と、時々考える。
やってることを端的に言うと人の曲を勝手にかけてるだけだ。その存在にどんな意味があるんだ。
そう考えることがある。
今のところの僕のその解釈はDJとは「プレゼンター」であるべきだ。という考え方だ。
※DJといっても広義なのでバトルスタイルなどのパフォーマンス系ではなく、ここではクラブで曲を流しているDJとする

元々10代の頃にちょこちょことアナログを集めて時々DJのようなことをしていた。当時からCDJは苦手だった。というか金なくてCDJなんて買えなかったから使い慣れてなくて現場でも積極的には使えなかった。(当時レコードや曲作りの方の機材ばっかり買ってお金がなくて機材にお金が回らず、Technicsのターンテーブルを買えなかったから安いStantonの中古ターンテーブルとBehringerのミキサーを使っていた)
当時は主にハウス、ドラムンベース、ミニマル・テクノ、デトロイト・テクノあたりのちょっと冷たい感じの音がメインだった。アートコアって流行ったよね。
20代は仕事が忙しかったし、そもそも音楽に対するモチベーションがあまりわかずレコードや機材は本当に気になるものはちょこちょこと買っていたけど家で触ったりするだけで現場に出ることもあんまりなくなり、デジタル化の流れには追いつけずにいた。そもそも20代はクラブ自体そんなにたくさんは行かなかった。
20代はどちらかと言うと現代音楽(post classical)やポストロック、アンビエント等のダンスミュージックというよりは頭でっかち系音楽とそれをよく鳴らすためのオーディオシステムにひたすら金を注ぎ込んでいたからDJというものとの相性があまり良くなかった。あとアイドルポップスを凄い聴いていた。
時々アンビエント系エレクトロニカとpost classicalだけのセットとか組むこともあったけど、結局自分で聴くだけでその方向で現場で回すことはなかったしどこでそういうのやればいいのかもわからなかった。

20代も終わりに差し掛かりピークよりは仕事が落ち着きはじめた頃からちょっと明るめの音楽を聴くようになり、当時のムーブメントに乗ってNew Jersey系やFutureBass系の音・ドラムンベースの再熱なんかでまたダンスミュージックを多めに聴くようになってきたころにいろいろあってベトナムへ引っ越し。
日本にいた頃よりも時間があったけど遊ぶところもわからないし毎日飲み歩く金もないしでなんとなく始めたラップトップでのDJが楽しくて、機材をちゃんと揃えて久しぶりに本格的に始めなおして友達とイベントとかをやっているうちにだんだんとこちらでもパーティに呼んでもらえるようになってきて、3年弱たった現在では月に2回くらい、多い月では4,5回のペースで現場に出てる。
もちろん物価の違う国だし、それくらいの頻度だと全然お金になるレベルではないんだけど。
元々友達をいっぱい呼んで楽しもう、ですらなく自分の好きな音を大きな音で聴きたい。からスタートし、今は俺の好きなセット(一応Bass Musicに分類されると思われるが、ちょっとわかりにくいのをやってる)に皆を引きずり込んで仲間を増やしたい。という気持ちが強くなってきた。だからベトナム人の若い子と一緒にパーティするのが好きだ。とはいえ、あんまりその機会は多くなかったりもするし、そこまでの影響力は全然ないんだけど。
実際ウケてるのかどうかはわからない。でもこの国ではあまり聴けないタイプの音をやれている、その割にはなんとかなってる。とは思う。しらんけど。
こういうのやってるよ。って録音してみようと思うんだけど録音すると全然違うものになるので結局わかりやすいものは時々Mixcloudにあげるけどメインのスタイルではあげてない。現場のでかいウーファーにギリギリ過入力気味に突っ込んで初めて良く鳴る音だな、と思う。いつのまにやらいっぱしの現場主義気取り。

time has come. 21:00〜 at The CUBE Bar saigon. BotB#17

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19歳くらいの頃に渋谷のクラブで見たDJ Klockが今でも忘れられない。今でも自分のプレイスタイルに疑問を持った時にいつも思い出す。あの日友達と行ったクラブで初めて体験して、とんでもない衝撃を受けた。
あの日地下深いフロアでプレイする彼が出す音に、僕らは全員同じ幻覚を見た。なんだかすごすぎて怖すぎて途中で皆一斉にフロアから逃げ出した。もちろんドラッグなんてやってない。泥酔するほど酒を呑む金もなかった。音像で一緒にいた皆が同じ幻覚を見ていた。アレが僕にとっての「音に飲み込まれる」という原体験かも知れない。

ジャンルや音はもちろん時代も違うし僕は僕なのでDJ Klockを真似しても仕方がないし、そもそも僕はあの人ほど音に気が狂うほどの真摯さで向きあえてはいない。でもあの人の1%くらいでいいから皆に僕が味わった衝撃を見せてあげたい。凄いんだよ本当にあれは。
結局おっさんだからCDJやDJコントローラの感触的フィードバックがやっぱり苦手で、スクラッチもたいしてしないくせに大枚はたいて(長めのローンを組んで)中古のSL-1200Mk3Dと最新のSerato対応DJミキサ(Pioneer DJM-S9)を日本から持ってきて使っている。アホみたいな金の使い方だな、と思うけど今のシステムには大変満足しているから後悔は…していない。

できたよー!

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DJや音楽活動をする上で「客にウケる」という要素は非常に重要で難しいことだな、といつも思う。仲間内でもよく話題に出る。
よく「自分はただの自己満足でやってるから〜」という人がいるけど本当にただの自己満足なのであれば人を呼ぶべきではないしネットにアップロードしてFacebookにシェアして「聞いてね!」とやるべきですらない、と思っている(他人を巻き込むべきではない)
そういうことをやるからにはやっぱり程度の差はあれ、ある程度「ウケる」ことを求めているはずだ。
定期的にパーティをやったり、呼んでもらったり(更にそこにお金が発生したり)していると、その「ウケる」ということについてよく考える機会がある。特にそこそこ入ってたフロアから俺が回し始めた瞬間人がいなくなる、とかそういうことがあった時は本当に凄い考える。
プロとして活動している友人もいるし、商業的に成功している知人もいるが周りを見ていると、この「ウケる」ということに対する考え方・アプローチには大きく2つの種類があってタイプを分類できるな、と思うようになってきた。

  1. 客が主導:お客さんが求めている曲をかけることがメインになっている人
  2. 自分が主導:自分が求めている曲をかけること、自分を表現することがメインになっている人

の二種類だ。僕はおそらくというか確実に2に分類される。
2のタイプはよく「オナニー」だとか「自己満足」とくくられることがある。そういう人もいるが、僕自身は自分はそうではないと一応思っている。

DJたるもの(1)であるべきだ、とよくわからないアドバイス(説教)をしてくる人がたくさんいるんだけど(1)のタイプのDJなんて世の中に腐るほどいる。このタイプは音楽というよりも人が喜ぶことが好きなんだな。と思う。決して否定はしない。僕はそうではない、というだけだ。ちなみに普通の人が普通にやって一番お金になるのは(1)のタイプだ。
僕にとっての音楽とそのタイプの人にとっての音楽は全く別のものなんだろう。

当然、(2)のタイプっていうのは商業的には圧倒的にうまくいかない人が多い。
そこでお客さんにどのくらい寄せるのか、というバランスも含めてその人の個性になる。そして、その個性は時に全否定される結果となる。
DJをやり、その場の空気はそのDJのものとなり、そこに1時間弱の間”俺の世界”が積み上げられる感覚。
俺はこれをやりたいからやる。っていう根本的な欲求が先に立つからやるわけだから。人に認められたくて音楽をやるわけじゃない、でもやるなら(やり続けるなら)認められたいという欲求が出てくる。結局承認欲求はいつもあとから強烈にやってくる。

自己満足だから〜と自分に言い訳をしながら誰もフロアにいないクラブでDJをするのは、それはそれで自己満足にすらなっていないんじゃないか、と思う。だって人のいないクラブでDJやってて満足できるわけがない。それだったら家でヘッドフォンでやってたほうが満足できるはずだから。

要するに”知らないかこの世界、でもめちゃくちゃかっこいいだろ、これ。”というプレゼンを観客に対して行っている。全然知らなかった人をこちらに引き込むために全体の流れや繋ぎを作る。”こちら側にお前らを引きずりんでやる”これって非常にパワーを使うし、あらゆるシーンに対応できるような準備を行う知識・知恵と、その場の空気と音に対する研ぎ澄まされた感覚を求められるのが(2)のタイプのDJだ。これがまた、めちゃくちゃに難しい。天才というのはそのバランス感覚や研ぎ澄まされた感覚やパワーが桁違いなんだ。と僕は思っている。
そしてこの引き込み方はわかりやすい曲から混ぜ込んでいくとか、畳み掛けていくとか、いろんなやり方があり、それもまたそのDJの個性だ。その個性こそが、そいつがそいつとしてそこでDJをやる意味だ。
サイゴンのクラブでまだ巷のクラブでビナハウスと呼ばれるジャンルが台頭していたころから、今でも普段はEDMでイケイケのクラブでBassミュージックのパーティをやり続けて、今でも結果を残し続けているJASEという男を本当に尊敬する。彼はテクニックだけではなく、その感覚がすごく優れている。彼がいなければサイゴンのアンダーグラウンドダンスミュージックシーンはまた違うものになっていたんだろうと思う。

JASE the Bass hero! saigon bass.

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まぁこの辺は人それぞれの考え方があるものなんだけど、必ずDJや作曲、デザイン等の表現活動を行う人同士では議論になるし考える事の多い部分なのではないかと思う。
そして音楽だけじゃなくてすべての表現活動に共通するものであると思う。デザインでも、作曲でも、服でも、飲食店でも、システム開発でも。要するに仕事であっても。
とりあえず今、その場にいる人達にウケることをやる。ならそれは金と人脈を持った大人達に任せたほうがうまくいく。俺たちには俺達がやるべきことがある。
“今、お前がやろうとしていることはわざわざお前がなけなしの金と時間を使ってまでやる意味のあることなのか?”
と常に自分に問いかけていたい。

1. 言葉と文化について考えたこと

久しぶりに”ブログ”というものを書いて見ようと思って、管理画面を開いてみた。
日本語の長文が書けなくなってきてる。なんでかな?と思うんだけど理由はよくわからない。
そもそもなんでいきなりこんな久しぶりに書こうと思ったかというとちょうどサイゴンへ来て3年という割と長い歳月を過ごしたことに気がついたから。
脈略もなく、ただこの3年という月日をサイゴンで過ごした今、思うことを何日かに分けてただダラダラと書いてみよう。

言葉と文化について考えたこと

3年も日本を離れてサイゴンで生活しているくせに、未だにベトナム語も英語もペラペラとしゃべることができないしネイティブ・スピーカーは本当に何を言っているのか聞き取れないまま。まぁ特に学校にかよったりはしていないんだけどありがたいことにそれでもいろいろな国から来た人と友達になったり話したりする機会も多くて”外国語”というものへの抵抗感は本当に薄くなった。
ベトナム人の英語は訛っていて聞き取れない。とよく聴いていたけど20代前半のサイゴンの若者やその辺の子どもたち、エリート層は当たり前に綺麗な英語を喋るし東京とサイゴンで比べれば英語話者率はサイゴンのほうが圧倒的に高いと思う。
とくにサイゴンという都市部にて暮らしているからかもしれないが、特にエリートとはいえないクラブとかで知り合った若者たち(saigoneseと呼ばれる、遊び慣れた都会っ子達)でも本当に皆ちゃんとした発音で英語をしゃべるし、その辺の小さな商店の子供が英語が通じない母親に変わって英語で通訳してくれたりする。スラングとかも使いこなしてる。
だから、ろくな英語もしゃべれない日本人が「ベトナム人の英語は〜(笑)」とか話しているのを聞くと本当に恥ずかしくなる。

ただいまー!

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僕も含めて、なぜ日本人の英語教育がここまで遅れてしまっているんだろう?とか意識の高いこともたまに考えることはあるけど、最近たまに出張で日本へ行くと本当に外国人が増えたな、と思う。中国人やベトナム人、その他東・東南アジアの人も増えたけど欧米人も随分増えたな、と思う。
多分今の若い子たちに取って僕らの若いころと違って東京は外国人がいっぱいいて当たり前になるだろうし、そこら辺で英語を喋る人を見るようになる。そうなれば英語への抵抗感は薄くなっていくんじゃないかな、と思ってる。そうなればもう一気に若者は英語をしゃべるようになるだろうな、と思う。政策とか教育方針以上に環境が大事なんだと思う。サイゴンには旅行者や在住者の外国人が溢れていてそこら中にいる。英語に対する恐怖心なんて皆日本人ほど持ってない。下手くそな英語でもがんがんコミュニケーションを取ってくるしとれば取るほど皆ボキャブラリーが増えていく。俺たちおっさん世代は取り残されないように頑張ろうな。

ベトナムは1年2年の単位で、指数関数的な伸び率で環境がめまぐるしく変わっていくからか30歳と25歳と20歳でまるで全く違う人種のように感じることがよくある。更にこれは都市部と地方での差も同じように大きなずれ方をする。それが非常に面白い。自分が付き合っている偏ったサンプルを元にベトナムを語ると(そんな文章死ぬほどシェアされてるけどな)変な方向に偏った結論を出しがちなので気をつけたい。
日本は50年という脅威的なスピードで経済成長したってよく聞くけど、時代っていうのは常に一瞬前の倍くらいのスピードで変わっていく。今の新興国の変化スピードは日本の比じゃないのではないかな、そもそも変化っていうのは一本ではなく複雑に絡み合ってパラレルに伸びていくから、下手に言葉にして比較しているとどんどん感覚がズレるな、とよく感じる。(”◯年前の日本に似ている”ってよくいわれるけど一部ではそうだし一部では既に日本よりも先に進んでいたりする)

そういう背景を持った上で聞いたり見たりするベトナム語は(未だに全然発音だめだし喋れないんだけど)本当に面白い。
ベトナム語はベトナム古来からの言葉に中国語が入ってきてボキャブラリーを劇的に増やし、更にフランス統治時代にフランス語が入ってきてる。もちろん英語や日本語などの外来語もどんどん生まれ続けてる。
特にフランス統治時代に生まれたもの(食べ物や電車のような文明)はフランス発音をそのままベトナム語に持ってきているものがある。
中国語からの言葉が多いので日本語と大体同じ発音する単語が多いのは有名だけど、初めて聞いたり見たりした単語がなんとなく引っかかった時は調べてみると面白い。
例えば、卵はtrứng、ゆでたまごはtrứng luộc(茹でる)、卵焼きはtrứng chiên(揚げる、炒める)と割りと単純なのに目玉焼きになるとtrứng ốp laとか言い出す。ốp laってなんだよ。って思って調べてみるとフランス語で目玉焼きはoeufs au platだったりする。(oeufsが卵という意味)
おそらく目玉焼きは元々名前がなくてフランス統治時代に広まったのかな?と想像が働く。

こちらには6種の声調と11種の母音がある、ローマ字に声調記号をつけて使い分けるんだけど英語って声調記号や母音記号がついてないからイントネーションのない発音(さらに”tr”の発音が”ch”だったり、末子音を内破音のみとするみたいなののせいで英語の発音が変になる人が多いっていうのがベトナム人の英語は…の要因なんだけど)をしがちなんだけど
最近の若い人はそこに違和感を持っているようでFacebookとかを見ると英語そのままで書くことがもちろん多いけど、時々日本でいうカタカナのような感覚なのか、ベトナム語表記で英語のイントネーションがハマるように上手いこと声調記号をつけたりして表記する人達がいる。これもすごく面白い。声調があるからリアルな発音を表現できていて、カタカナより断然良い。

Ngoan.

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本当に言語っていうのは面白いな、と思うと同時に言語を勉強するっていうのは歴史やその国、街の文化を踏まえないと理解ができず単純理解しようとするととてつもなく難しくかなり大きな記憶容量を必要としてしまうものだな。と思った。
これを持って「英語をしゃべりたければネイティブ・スピーカーの友達を作れ」と言われていた真の意味を理解した気がした。単語と発音、熟語を覚えるだけでは使いものにならないんだ。どんな言語でも。考え方を理解しないと。そのためにはその言語を扱う人達と時間をともにしないと理解ができない。
これは完全にこの3年で得た「なるほど」というものの一番のものだった。
だから僕はベトナム人やその他の国の人々から聞かれても、簡単に日本語を教えることができない。答えを示すのは簡単だけど、それを暗記しても意味が無いからだ。暗記した単語での会話は心からの会話にならない。(もちろんその人が単純にその意味を知りたいときは普通に教えるけど)
教えるのが下手だとかなんとか言われようが「日本人はなぜ、その場面でその言葉を選ぶのか」を教えたい。そしてこれをやると自分自身でも気づいていなかった日本語の面白い部分が見えてきたりする。